令和8年9月19日、真宗大谷派 徳玄寺様の新本堂上棟式が執り行われました。
新本堂建立にあたり、棟札の揮毫をご用命いただきました。
上棟式から一週間ほどが経ちました。
制作中のこと、完成した棟札を石田正純住職へお渡ししたときのこと、そして新しい本堂の中に棟札が立つ姿を見たときのこと。
少し時間が経った今、改めて今回の仕事について書いておきたいと思います。
【棟札を書く。】
今回お預かりしたのは、杉の一枚板。
表裏、両面への揮毫です。
表には、大きく
「南無阿彌陀佛」
そして「奉上棟」、寺院名、建立の日を。
裏面には、本堂建立に込められた言葉と、住職をはじめ、設計・施工に携わった方々のお名前を記しました。
ご依頼の際にいただいたご希望は、
「楷書で」というものでした。
けれど、私にとって「楷書」はひとつではありません。
建立への願いを記す文字。
人の名前を後世へ残す文字。
そして、自分の名を記す文字。
同じ楷書であっても、そこにある「こえ」は違います。
建立の言葉には、あたたかさを。
住職をはじめ、建立に携わった方々のお名前や記録には、端正さと読みやすさを。
そして最後の「田村雪峰 書」は、いつもの私の字で。
それぞれの言葉が何を伝え、どんな時間へ残っていくのかを考えながら、文字の表情を書き分けました。
制作では、板の寸法、木目、余白、文字の大きさと位置を慎重に検討しました。
どこに、どれほどの大きさで文字が存在するのか。
空間を設計したうえで、文字そのものには下書きをせず、一筆ずつ直接、杉板へ書きました。
書は、ただ「きれいな文字を書く」ことではない。
誰の、どんな言葉を、
どんな声で残すのか。
今回の仕事を通して、自分がこれまでずっと考えてきた「書のこえ」というものを、改めて強く意識することになりました。
本堂の中で、初めて見えたもの。
9月19日の上棟式。
完成した棟札は、新しい本堂の祭壇に立てられていました。
杉の柱と梁。
祭壇。
紅白幕。
その中で見る「南無阿彌陀佛」は、制作中に私が見ていたものとは、まるで違って見えました。
一枚の杉板として向き合っていたときには強く感じていた墨の線が、大きな柱や梁の中に置かれると、その空間にすっと馴染んでいる。
そこで初めて、この文字は私のアトリエで完結するものではなかったのだと実感しました。
制作していたときは、
「田村雪峰が書いている棟札」
でした。
けれど、上棟式の日に本堂の中へ置かれたそれは、もう、
「徳玄寺本堂の棟札」
でした。
書いたものが、自分の手から離れて、本来あるべき場所へ帰っていく。
不思議でもあり、嬉しくもありました。
上棟式では、今では見る機会も少なくなった餅まき・お菓子まきも行われ、多くの方々が新本堂の建立を祝いました。
寺院の本堂が建ち上がる、その大きな節目。
宗派や門徒という枠を越えて地域の方々が集まり、昔ながらの祝いの時間をともにする光景も、とても印象に残っています。
【書を、手放す。】
そして棟札は、これから長い時間、人の目から離れていきます。
棟札は、作品として壁に掛けられ、鑑賞され続けるためのものではありません。
本堂の屋根裏へ納められ、普段は誰の目にも触れない場所で、建物とともに時間を重ねていきます。
次にこの棟札が人の目に触れるのは、いつになるのでしょう。
200年後なのか。
400年後なのか。
あるいは、もっと先なのか。
その頃には、令和8年9月19日にこの場所にいた私たちは、もう誰もいません。
けれど、
令和八年九月十九日
という日も、
この本堂を建立した人々の名前も、
そこに込められた願いも、
そして、令和を生きた私が筆で書いた線も、
杉板の上に残っています。
書家として、これまでいろいろなものを書いてきました。
誕生を祝う名前の書。
展覧会で人に見てもらうための書。
誰かの手元へ渡る書。
企業や商品のための書。
その場で生まれ、その瞬間を共有する書。
けれど、
誰にも見られない場所へ納められ、
自分の生きている時間を遥かに越えて残っていく書。
そのようなものを書いたのは、今回が初めてでした。
考えてみれば、とても不思議な書です。
長く残るために書かれたものが、
長く残るためにこそ、人の目から見えなくなっていく。
けれど、見えないことと、存在しないことは違います。
誰にも見られない時間にも、そこにある。
本堂とともに、時間を重ねていく。
今回の棟札を通して、
「書く」ということは、
時間の向こう側へ手渡すことなのかもしれない。
そんなことを考えるようになりました。
いつか、もう一度。
いつか遠い未来、この本堂に大きな修繕や建て替えの時が訪れ、屋根裏に再び光が入る日が来るかもしれません。
そのとき、この棟札を見つける人たちにとって、
「令和八年九月十九日」
は、遥か昔の日付になっています。
私たちの名前も、歴史の中の名前になっているでしょう。
それでも杉板には、この本堂を建立した人々の願いと記録があり、そこに私が書いた文字があります。
この文字を書いたときの私の手はなくなっても、
筆が通った痕跡は残る。
今日ここにあった人々の願いと、
この文字の「こえ」が、
遠い未来で、もう一度立ち上がる。
上棟式から一週間が経った今、写真を見返しながら、そんなことを考えています。
私の手元から離れた書は、これから徳玄寺の本堂とともに生きていきます。
大切な棟札の揮毫を託してくださった徳玄寺 石田正純住職、そして本堂建立に携わる皆さまに、改めまして心より感謝申し上げます。
この仕事に携わることができたことを、書家として、とても嬉しく思います。
田村雪峰